日々想う事

夏だからという単純な理由でアサガオを育て始めております。

種が芽を出し、茎を伸ばして葉を広げ、更に成長を続けている様は僕の心をくすぐりまくりだ。


日課になっている朝晩の水やりには使命感を感じずにいられない。
日々の成長をみるのが楽しくて、日増しにその存在は芽とともに大きくなってきている。

僕のアサガオ育成の最終履歴は小学一年生の夏。実に二十数年ぶりだ。
何も考えず、ただひたすらぼーっと過ごしていたあの頃の僕でもアサガオを咲かせていたんだから大丈夫だろう。
このコンクリートに囲まれた息苦しい生活における一服の清涼剤。灰色の世界にある緑の圧倒的存在感は僕にとって癒しそのものです。

昔は今よりも木や草花がたくさんあった。
時は移り変わって道路が広くなり、所々にお店も増えた。
いろんなものが便利になった分、いろんなものが無くなった。
それに伴って人も変わっていった気がします。

道を歩いていてもすれ違う人は皆スマホをイジイジ。
ご飯を食べながら片手でイジイジ。
車やバイクの運転中にイジイジ(よく見かける。危ないからダメ絶対!)
取り憑かれたようにスマホを触っているその光景が異様に感じます。
スマホの普及によりSNSといったツールが手軽に利用できるようになりましたからね。
一分一秒と常に新しい情報をキャッチしようと
思うのもしょうがないかもしれません。

でも、完全に依存しちゃってますよね。例えばお友達同士でご飯とか食べててもお互いスマホをいじってるなんて光景を最近よく目にしますが、
目の前の人じゃなくて手元の機械に向き合って会話もなく座ってるわけです。ホント不気味。

昔、工場で働いた事があるんですが、その時に同じ部署で働いていた人達は普段からずっと機械に向き合って仕事をしているからなのか、
挨拶をしても目を合わせてくれなかったり、ほとんど会話もなく一日が終わるなんてことがよくありました。

もしかしたら僕が嫌われていただけの話かもしれませんが、機械ばかり相手にしているとコミュニケーションの取り方が難しくなるのかな?と接客業しか経験のなかった僕はそういう結論に至ったわけです。
常にスマホをいじってる事が良いか悪いかはその人の価値観が決めることなので何も言えませんが、
せめて誰かと時間を共有している時くらいは会話を楽しんだりコミュニケーションをとったりする方がいいのでは?と思います。
時代が進んで便利になった分、人は大事な何かを置き忘れてきた気がしてなりません。

アサガオにお水と愛情を注ぎながらそんな事を考える朝。
花が咲いたら押し花のしおりでも作ろうかな?なんて妄想しながらニヤニヤが止まりません。
早く綺麗な花を咲かせておくれ。最近の僕の癒しアイテムです。

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